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"人間は、他人のためにやっているという感情をもってやると、
汚れてしまいますよ。”

- デザインの輪郭 / 深澤 直人
(via fucahire, to) 2007-09-30 (via gkojay) (via usaginobike) (via ishida)
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   ~   “人間は、他人のためにやっているという感情をもってやると、汚れてしまいますよ。” (via ntrs)

(kobayasiikumiから)

 102 27th 5月 2012

"実際にAVでDVDのリリースが本格化するのは2000年にはいってからだが、2003年にはリリースのメインはVHSからDVDへと完全に移り変わった。DVDの最大の特徴はチャプターだ。リモコンのボタンひとつで、次のチャプターに飛ぶことができるDVDの見方は、早送りするしかないVHSの見方と大きく違った。気に入らないシーンはどんどん飛ばしていけるのだ。興味のないインタビューシーンやドラマシーンは飛ばして、すぐに本命のカラミのシーンを見ることができる。 このDVDの特性は、AVからドラマ物、ドキュメント物を追いやることになる。なんとなくストーリーは追える早送りとは違い、チャプター飛ばしはそれらを完全にカットする。チャプター飛ばしによって、ドラマやドキュメントは意味を失った。"

   ~   特集「セックス表現の現在形2012」:ディス・イズ・ポルノ~AV誕生30年をふり返って~ 文=安田理央 - WEBスナイパー (via shibata616)

(pepelie-pepelieから)

 132 12th 5月 2012

"ハメ撮りというスタイルをつきつめた等身大のセックスを描き出すカンパニー松尾、世間のモラルに挑戦するかのような挑発的なドキュメンタリーを連発するバクシーシ山下、冒険的な私小説映像を記録する平野勝之、そしてパワフルで前衛的な世界を展開するゴールドマン……。 彼らの作品群の多くは、内容とは似ても似つかないようなセクシーなパッケージに包まれて世に送り出された。例えば、監督自身が実際の愛人との不倫生活の顛末をドキュメントした平野勝之の名作『わくわく不倫講座』もパッケージは内容と全く無縁な写真ばかりで、「くんずほぐれず男と女」「夫以外の男はイイ!」「フリンが好きなあなたが泣いて喜ぶわくわく講座。これが正式な不倫のススメ」と言ったキャッチも内容とは全く関係ない。このパッケージに興味を持って借りたユーザーは、再生して唖然としたのではないだろうか。なにしろ、愛人が失踪した後は、若き日の井口昇監督が女装してその役を演ずるという悪趣味な展開の作品なのだから。 これらの作品は「ぬるま湯のレンタル」時代だからこそ生まれ得たとも言える。その後のセル時代になって、彼らのほとんどが失速していってしまった現状を見ても、それは明らかだ。"

   ~   特集「セックス表現の現在形2012」:ディス・イズ・ポルノ~AV誕生30年をふり返って~ 文=安田理央 - WEBスナイパー (via otsune)

(pepelie-pepelieから)

"とはいえ最近思うのは
近ごろ耳にするJ-POPの歌詞は
日増しに直接的になっているなということ

この現状を世の音楽評論家の皆さんや
音楽業界人の皆さんはこぞって
「わかりやすさの時代」だとか
「共感の時代」と呼んでいるけれど

そういう簡単なことではなくて
現場でずっと歌詞を書き続けている
僕の意見としては

今の時代に音楽を聴く人は
音楽を娯楽や趣味ではなく
薬だと思っている人の方が多くて
その効き目を強く求めている時代なんだ
ということではないかなと思います

聴き手が傷心や挫折や失恋や失望や
そういう普段の暮らしで生じた困難に
よりよく「効く」薬を求めている
ということではないかと思うのです

でも音楽にお医者さんはいないから
誰かが症状に応じた適切な処方箋を
出してくれる訳ではないので
自分で「薬」を探さなければいけない

そうなったとき、どうせお金を払うなら
より強い薬を、効く薬を、となるのが
人の心理というもので、それゆえに
「会いたい」とか「一歩踏み出そう」とか
「自分を信じて」とか「勇気を」とか

もはや表現における劇薬というか
とにかく率直で単刀直入でわかりやすくて
身も蓋も侘び寂びもほとんどない
直接的な歌詞が重宝されるように
なってくるのではとすこし思ったのです

音楽はいつの間にか
くさかんむりがついて
音薬になってしまいました
ということなのではないかと

ただの風邪だろうが何でもかんでも
すぐにタミフルを飲むような音楽ばかりの時代

でもただの風邪はただの風邪薬で治すのが
本当は心にも体にも健康的なことだと思うし

もっと言えばプラシーボで治せたら
一番幸せなことなのかもしれないと思います
そういう「まやかし」みたいな部分も
音楽ならではの魅力のひとつだと
僕は内心で思っているのですがどうでしょう"

   ~   いしわたり淳治オフィシャルブログ・KIHON THE BASIC: くさかんむり (via ktb692000)

(pepelie-pepelieから)

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AKB48もももクロも、最初はファンが一桁でした。しかし地道で継続的な活動で、しっかりとファン一人ひとりの心をつかんでいったのです。今メディアを席巻してるように見えるのは、メディアを使って売り出していると言うよりは、人気があるコンテンツに、自分でコンテンツを制作できなくなったメディアが群がっているというのが正しい見方でしょう。自分たちでモノの良し悪しの判断ができなくなったマスメディアは、ネットなどでファンの反応を確認し、後追いすることしかできなくなっているのです。

 数々のアイドルたちを産み、育ててきたマスメディアでしたが、もはやその能力は無いのです。

 地方のアイドルたちが頻繁にメディアに出てくるのも、同じ理由です。“地方のアイドル”というラベリングでしか判断できないマスメディアは、地方のアイドルだったらなんでもいいからと取り上げてますが、多くは、ネット上では周回遅れの情報ばかりです。

 アイドルについては、“東京経由で全国へ”という中央集権が、確実に崩れ始めています。

 かつては、すべての情報が一度東京に集められ、そこから全国へ流されていました。地方から直接発信することは困難で、まして、個人同士が情報を共有することはほぼありえませんでした。

 ところが、今は地方から生放送を配信したりということが、いとも簡単に行えるようになりました。また、人と人とを結ぶソーシャルネットワークの普及は、アイドルとファン、ファンとファンを相互に結びつけ、ファンの反響はアイドルに直接伝わり、またその反響もファン同士で共有することができるようになりました。これは、マスメディアによる情報の独占や選別が無意味と化したということです。

 アイドルを神格化し、情報を制約することで付加価値を高めていた黎明期から、“人間宣言”をした松田聖子、おニャン子クラブをへた後、過酷な冬の時代をへて、アイドルは変革を遂げつつあります。

 ファンを取り巻く社会環境が大きく変わった21世紀において、20世紀型の“中央集権アイドル”は、終焉を迎えつつあります。メディアが全てをコントロールしていた時代は終わり、アイドルたちは、ネットの海を超え、自ら全国区になろうとしています。

 アイドル大航海時代は、始まったばかりです。

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   ~   アイドル大航海時代〜ネットの海から新天地へ〜 - SKiCCO JOURNAL (via mcsgsym)

(pepelie-pepelieから)